2016年9月3日土曜日

【第十二回】 ローマ帝国 -その支配の実像- 【古代ローマ】

 読書案内の第12回目は、ローマ帝国についての本です。


 といっても、これは少し羊頭狗肉の本といっても過言ではありません。新書一冊でローマ通史について語ることは不可能ですし、それは著者の力量の問題ではなく、分量の問題です。そもそもが、この本は、ローマ「帝国」について語るとっているのに、主題としている時代は共和制ローマの話なのです。それが、なぜ「帝国」についての話になるのか、つまりは、ここには作者のレトリックがあり、ここでいう帝国とは、「帝国主義」という場合の帝国なのです。「覇権主義」と言い換えることも可能です。つまり、このタイトルから言いたいことは、共和制ローマといっても、十二分に覇権主義国家の性格があったということなのかもしれません。事実、この本は、共和制ローマでの「命令権(インペイリム=インペリアリズム・帝国主義の語源)のあり方」が主題ですので、これは作者による意図的な「羊頭狗肉」と言えます。
 この本は、表題の付け方にも表れているように、「共和制と言いつつ、実は覇権主義だった」というような告発本の要素もあるように思うので、ある意味少し「左」のかかった本で、それはそれとして、ある資料を論拠に、それ(命令権の原始的な姿)を非常に明確に論証されていくので、それも教養的には非常に面白いのですが、実はそれを論じるための資料が出色の出来なのです。それは、ローマ通史のようなものとは、まったく違います。実は、この本は、雄弁家として高名なキケロによる「ウェレス弾劾演説」の解読本なのであります。そして実は、このウェレスを弾劾する裁判でのキケロの用意した周到な訴訟資料が、なんとも非常に面白いのです。ここでは、ウェレスは一言でいうと、シチリアでの悪代官なのです。この悪代官はたいそうな剛の者で、元老院の日程調整や人事を賄賂の実弾にて動かし、何とかキケロの追及を逃れようとします。そして覆い隠さるべからぬ悪行を、キケロがローマの法廷にて暴いていく、そういう勧善懲悪の胸のすくストーリーがあるのです。正義感に沸き立つ若手政治家と、老獪極まる実力者、その対立の熱いストーリーを資料として、当時おける「支配の構造」を分析しようと試みる筆者。筆者の冴えた筆致も手伝って、当時の支配の実像が、際立って立ち上がってくるようです。
 古代ローマは、材料としては日本人好みであり、巷間にはたくさんの面白い本があります。本書は、内容的にかなりマニアックで偏っているところがあるので、古代ローマについて、初めて読むのには全く適していないと思いますが、塩野七生女史のローマ人の物語などで、ローマについて興味を持った人なら、その次に読むのに非常に適していると思います。



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